どんどん変わる

ネットニュースで、岩手県で津波被害の甚大な市町村の被災者の方たちを県の負担で内陸に
移動する方向という記事があった。なるべく集落単位で、仮設住宅ができるまでの期間、大きな
旅館などに滞在できるようにするとのこと。
いくら物資を得られても、体育館での暮らしは大変ですから、早いうちに空いている保養施設と
かに移れないものかと前から思っていたので、ああ、よかったなと思う。でも、体は格段に楽に
なるけれど、一時的とはいえ故郷を離れるのはつらいだろうなぁ。特にまだ行方のわからない
ご家族がいる方は離れがたいだろう。

ばらばらにではなく、集落ごとでの移動はコミュニティーが保たれて安心だろうけれど、もともと
が一人暮らしであまりご近所づきあいがなかった方などは、移動のたびストレスが大きいのでは
ないかとも思う。
亡くなった母はどこに行ってもすぐに周囲の人と仲良くなるタイプだったが、大王さまは難しく
て孤立しやすいタイプ。もし大王さまが避難所生活で、おいらがなかなかそこに行けなかったと
したらどうなるのか? 考えるのはやめておこう。

天童のアウトドア義援隊本部に、昨日、名古屋からご夫婦で登米のRQ市民災害支援センター
にボランティアをしに行ってらしたHさんがいらして、現地の状況を話していただいた。
避難所にシャワーコーナーが設営され、コーヒーコーナーも作られ、奥様はそこのお手伝いを
されたとか。重い荷物を扱うこともありますが、細かい仕分け作業や、炊き出し、掃除など、
いろいろな作業がありますから、もう年だからボランティアできないということはありません。
幅広い層の方がいることによって、それぞれの得意なことが生かされたり、思いがけない
アイディアにおーっということがあったりする。
こうして被災地に応援に行ってボランティアをする方が全国からいらしている。とりあえず天童
に来て、そこからすぐ登米に応援に行った方たちには九州からいらした方や東京からいらした
方もいるそうです。
天童のテント村にも昨日から四国出身で茨城の大学の学生さんが加わりました。天童では
物資を仕分けてして、必要に応じて荷造りして登米に送り出します。登米では、避難所まで直接
物資を届けています。そして「今必要なもの」を直接聞いてきます。
必要なものと届くもののミスマッチがないように。受け取る側の負担にならないように。

震災による直接的な被害がなかった山形県でも未だにガソリンは早朝から何時間も並ばない
と買えません。しかも二千円分だけとかの制限給油のところもまだ多いので、遠方から車で
支援拠点や被災地エリアに向かう方は、ガソリンを確保してから動いてください。
テントや暖かい寝袋、防寒衣類、長靴、当座の食料なども。
Commented by 沢Day at 2011-03-27 08:01 x
お久しぶりです。読ませていただいていました。仕事、ガソリン不足などで休みでも部屋にいてもどかしくしています。
こちらのFM局で携帯ラジオを募集してましたので山小屋で独りの淋しさをなぐさめてくれたものを二つとヘットランプをおくることにしました。石巻の先輩も(女性)も地震直後となりの塀に
上がり、歩き登れそうな屋根に這い上がって助かったそうです
ガソリン不足がよくなったら「うどん」をかついではしっていきます。 それではまたです。
Commented by akanezumi1984 at 2011-03-27 20:23
沢Dayさん、こんばんは。
ほんと、東北は車がないと仕事もなにもできない感じですよね。公共の
交通機関が不便&すごく高いですから、山形も自宅待機の人多かった
です。ぼちぼち行かないと、という感じで先週は友人たちも根性で並ん
でましたね。
石巻のお知り合いがご無事でなによりでした。安否がわかるまでずい
ぶん心配されたでしょう。
これだけの災害ですから、支援は場所や形を変えて長く続くものと思わ
れます。今すぐは動けなくても、いずれどこかで協力することがあるの
ではないでしょうか?
もし被災者の方と直接関わる支援の場合、特に年配の方と話すなら
同じ東北の人間の方が言葉が通じやすいのでは?なんて思ったりしま
す。
by akanezumi1984 | 2011-03-27 07:19 | つぶやき | Comments(2)

気がつくといつもここにいる・月山依存症末期患者の日記


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